CAR-T遺伝子治療のメカニズムと効果
キメラ抗原受容体(CAR :Chimeric antigen receptor)を用いた「がん遺伝子治療」が注目を集めています。
臨床試験でこの治療を受けた「急性リンパ性白血病」患者の寛解率(病状が落ち着き、臨床的に問題がない程度にまで治った割合)が8割から9割という結果が公表されています。
日本での同研究の一人者は東京大学の医科学研究所付属病院の小澤敬也先生です。
現在、患者の免疫細胞を活用した「がん遺伝子治療」は、臨床実験として自治医科大学で実施されています。
CAR-T遺伝子治療の簡単なメカニズム
患者の免疫細胞であるT細胞を取り出して活性化させた上で遺伝的に加工して、がんに対する攻撃力を高めた上で患者の体に戻し、がん細胞を攻撃、死滅させる治療です。
正式には「CAR-T遺伝子治療」と呼ばれていますが、T細胞に遺伝子操作を施して化合物のキメラ抗原受容体(CAR)を結合させたことから名づけられています。
がん細胞を見つけると結合して攻撃し破壊します。
CAR-T遺伝子治療の少し詳しいメカニズム
がん細胞は、体内の免疫システムの監視から逃れるため、また免疫細胞から攻撃を受けないように様々な腫瘍免疫回避機構を持つことで知られています。
「CAR-T遺伝子治療」は、患者の免疫細胞のT細胞を取り出して活性化させ、遺伝子を導入してCD19を認識するCARを発現させたCAR-T細胞を作って患者の体内に戻します。
B白血病・リンパ腫細胞の抗原CD19を認識したCAR-T細胞が集結して活性化、1000倍にも増殖してB白血病・リンパ腫細胞を攻撃して破壊します。
患者の体内に腫瘍が存在する限り刺激を受け続けて活性化、増殖し長い期間持続されますので、たった1回の投与で治療が終わります。
「CAR-T遺伝子治療」世界の動き
医薬品世界2位のノバルティス(スイス)は、2017年8月31日に世界初のCAR-T遺伝子治療薬「キムリア」を米国で発売しました。
この「キムリア」は、小児・若年者の急性リンパ性白血病患者の約8割で効果があったと報告されています。
最近、普及しつつある小野薬品工業のがん免疫薬「オプジーボ」でも2〜3割とされる中、驚異的な治療成績といえます。
2017年10月下旬には、CAR-Tの研究で有名な米創薬ベンチャー、カイト・ファーマを買収した米製薬大手ギリアド・サイエンシズが大細胞型B細胞リンパ腫の成人患者向け治療薬「イエスカルタ」の承認を米国で取得しました。
今後も同じ分野の医薬品が相次ぎ承認・発売される見込みです。
「CAR-T遺伝子治療」の効果は
急性リンパ性白血病患者の治療効果では、数例の臨床試験では100%が完全寛解、全体では約86%が完全寛解という結果が報告されています。
また、慢性白血病での奏効率が約20〜30%、悪性リンパ腫では約50%の寛解率が得られており、奏効率という点でも良い結果が得られています。
日本でも臨床が始まっている
現在、自治医科大で悪性リンパ腫へのCAR-T遺伝子治療の臨床実験が始まっています。
対象患者は、再発難治性の様々な病型のB細胞性非ホジキンリンパ腫で標準的な治療が困難になった患者に対して腫瘍量をコントロールした上でCAR-T遺伝子治療が行われます。
まず、悪性リンパ腫で慎重に臨床研究を行い、経験を積んだ後に、より効果が期待できる急性リンパ性白血病に対する臨床研究を多くの医療機関で始める計画のようです。
2017年中に急性リンパ性白血病に対する臨床研究を多くの医療機関で始める計画と報告されています。
一人ひとりの患者からリンパ球を分離して活性化させて戻すCAR-T遺伝子治療は、ヒト白血球抗原(HLA:Human leukocyte antigen)に関係なく対象となるがん抗原を持つすべての患者に用いることが可能とされています。
「ヒト白血球抗原」とは
「ヒト白血球抗原」は、 自己と非自己を認識する役割を担う抗原です。がんなどの異物に対して選択的に結合し、T細胞へ抗原提示を行います。
免疫システムは様々な非自己を排除できるように複雑に構成されていますが、HLAは非自己の情報を得るための自己として関与しています。
固形がんへの効果は
白血病などの造血器腫瘍以外の固形がんでは、腫瘍が大きいため造血器腫瘍のように簡単には行かないと考えられています。
固形がん治療では、CAR-T遺伝子治療と他の有効な仕組みを組み合わせた相乗効果を狙える方法が必要のようです。
「記事参照元」
関連ページ
- 細菌やウイルスから体を守る腸管免疫と粘膜免疫
- 免疫とは、感染症から免れるための生体防御システムです。免疫は、第一段階として自己と非自己を識別し、次の段階で非自己と認識した物体を排除するシステムです。細菌やウイルスから体を守る腸管免疫と粘膜免疫の説明です
- 自然免疫マクロファージとは?食べ物が健康長寿の秘訣
- 自然免疫のマクロファージを元気にする食べ物を知っておきましょう。健康長寿のための秘訣です。LPSが付着している食べ物のご紹介します。
- NK細胞はがん細胞を速攻で殺傷 活性化する食べ物
- NK細胞のがん細胞の傷害の仕組みとがん細胞の発生、コーリーの毒、またNK細胞を活性化する食べ物や生活習慣などのご紹介
- 樹状細胞はT細胞を活性化する免疫の司令塔の役割
- 免疫とは、感染症から免れるための生体防御システムです。免疫は、第一段階として自己と非自己を識別し、次の段階で非自己と認識した物体を排除するシステムです。樹状細胞はT細胞を活性化する免疫の司令塔の役割をになっています
- ヘルパーT細胞が活性化するしくみ
- 免疫とは、感染症から免れるための生体防御システムです。免疫は、第一段階として自己と非自己を識別し、次の段階で非自己と認識した物体を排除するシステムです。ヘルパーT細胞が活性化するしくみ
- 免疫グロブリンの種類と働き
- 免疫グロブリンには「IgG、IgM、IgA、IgD、IgE」の5つのクラスに分類されていますが働きと特徴、また免疫グロブリンの基準値と異常値の場合に想定される疾患をご紹介
- アレルギーは免疫のバランスが大切だけど何故か知っているかい?
- Th1は細菌やウイルスを担当している免疫細胞、Th2は花粉などのアレルゲンに対応していますがTh2が過剰に反応することでアレルギーがおこります。Tレグ細胞はこのバランスを制御します。
- 光免疫療法はがん細胞を消滅させる治療 制御性T細胞を破壊
- 光免疫療法は近赤外光線免疫療法と呼ばれ免疫の働きを妨害をする問題の制御性T細胞を破壊して転移したがん細胞も消滅させる強力な治療です。臨床試験を経て数年先には実用化される見込みです
- ウイルスの殻(VLP)にがん抗原を付けた「がんワクチン治療」
- がんの完治治療として、ウイルスの殻(VLP)にがんの抗原を付けて、体内に注入することで体内にがんに対する抗体を作る「がんワクチン治療」が開発されています
- アレルギーは皮膚から、生後6か月までに保湿で予防しましょう
- アレルギーは皮膚から侵入したアレルゲンが引き金になって起こります。生後6か月までに肌の保湿を確りすることでその後のアレルギーやアトピー性皮膚炎を予防しましょう
- 強毒型新型H5N1インフルエンザとパンデミック
- 強毒型新型H5N1型インフルエンザが引き起こすパンデミックは歴史的に人類に大きな影響を及ぼしてきました。感染症と免疫の関係からインフルエンザウイルスを説明しています
- ノロウイルスの予防と症状、感染は飛沫・手から口へ
- ノロウイルスは人の小腸のみで増殖するウイルスです。感染は口から入って成立します。飛沫感染や手から口へと運ばれて感染します。手洗いをしっかりすることが予防や対策となります
- デング熱の知恵袋 知っておきたい症状と予防法
- 2014年の夏に代々木公園で蚊に刺された女子高生がデング熱を発症して問題となりました。デング熱の症状と予防法についてご紹介します
- ジカ熱の知恵袋 新生児に小頭症や神経異常 性感染も
- ジカ熱はネッタイシマカやヒトスジシマカが媒介する感染症で新生児の小頭症や神経異常を引き起こします。性感染も報告されています
- 注意「マダニに噛まれたら」感染症の種類や症状と予防対策
- マダニ感染症の「SFTS 」は発熱や頭痛、吐き気、下痢、筋肉痛、意識障害などが起こり、死亡率が30%にも及ぶ怖い感染症です。症状と予防対策を知っておきましょう
- エボラウイルスが広まった経緯と症状 致死率が高い
- アフリカの風土病であったエボラ出血熱が諸外国に広まった経緯とエボラウイルスの症状と致死率が高いことについて