水にまつわる、よもやま話

「水に流す」日本の文化

 
 

水に流す日本の文化 

 

毎年、都内で「日韓交流お祭り」と題したイベントが開催されています。時期を同じくして韓国でも「韓日交流お祭り」が開催されているようです。
 
日韓関係が良くない時代ですが、国民レベルでの交流を継続するために開催されているイベントです。
 
このイベントに参加した時に在日韓国人の方数人と食事をする機会がありました。
 
日韓のそれぞれの国民性や文化の話しになり、韓国のパク・クネ大統領が「1000年経っても日本への恨みは忘れない」と発言したことについて、私が「永遠に忘れないと言っているのでしょうか?」と尋ねたところ。
 
在日の方の一人が「日本は海に囲まれた島国で恨み続けていてはお互いの生活に支障をきたすので、日本には「水に流して忘れる」という言葉がありますが、韓国にはそんな言葉はありません。」と説明してくれました。
 
歴史の真実については、お互いに今一度、検証する必要があるものの、私はなるほどなと思いました。
 
日本は、むかし稲作中心の村社会を形成していました。
 
例えば、自分の田んぼに水を引くにも大規模な灌漑工事が必要になるため村人達の共同作業となりました。
 

完成した後は当番制で村人が平等に管理する仕組みで成り立っていました。
 
共同生活の村社会では、村人同士間での喧嘩やトラブルがありました。
 
しかし、喧嘩して仲の悪い関係が長く続くと共同作業にも影響がでます。
 
こんな時には村の長老が間に入ってお互い恨みやつらみを「水に流して」和解させていたようです。
 
また、村人の中には、自分の田んぼに多くの水が入る様に細工するずるい人がいて「我田引水」なる言葉も生れています。
 
日本は水に流す文化 
 
神社仏閣へお参りするときは、社殿脇に設置された手水舎でけがれを洗浄し、身を清めて参拝しますが、けがれを水で洗い流して、清らかな体でお参りをするという意味です。
 
この様に昔から、悪いものは「水で流す」文化が根付き、現在まで引き継がれています。

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